中岡のオッサン
「こんにちは、日本人ですかね?」 駅前の安宿に荷を解いた俺は、キャンディ市街をふらつくことにした。さすがスリランカ第二の規模を誇る街なだけあってこれまで訪れた町よりも活気がある。人の往来も多い。しかし、空気は程よく澄んでいる気がする。高原地帯に位置しているというのもあるかもしれないが、どこか空気感に趣があるのだ。タイのチェンマイで感じたような大らかな雰囲気が俺を心地良くさせてくれる。たぶん、この街は俺好きだな。なんとなくわかる。 いったん部屋に戻り、ロビーでボーっとしていると、若干挙動不審な人が俺の方に近づいてくる。そこで話しかけてきたのがこのピーター中岡なるおじ様である。 「えぇ、そうですけど何か?」 「私はね、ここに10年住んでいて、日本人クラブっちゅーもんを設立している者なんですが・・・」 と、延々と話が始まる。長い。最初は俺も構えてしまって話もそこそこに退散しようと思ったのだが、基本的にとても親切そうな人だし、そもそも10年以上住んでいる彼のことだ、何か素敵な情報をたくさん持っているかもしれない。すると、 「明日知人のスリランカ人の犬を連れてガンポラの山に行くつもりなんです。行きませんか?」 ガンポラ……まったく知らない。最高の景色らしい。 「あさっては日本語を教えている学校の……」 学校?学校で教えているのか、この方は。 もしかして、俺も先生役はできますか?と聞いてみると、 「あぁ、それはいいかもしれません。是非来てください」 と一発了承。凄い。これは貴重な経験ができそうだ。 ↑キャンディ、宿の前の通り。 ガンポラ8日 携帯無くした!ずおぉぉぉぉぉー。ショック!恐らく盗まれたんだ。昨日、車の中に無造作に置いてあったリュック。唯一鍵のかかっていないポケットの中身が全て無くなっている。やってしまった。うぉー、ショックだ。本当に平和で優しい国だが、気を抜くとこういう事態が起こる。あーぁ。 中岡さんが車をチャーターしてくれて、隣町のガンポラに向かう。まったくガイドブックにも載っていない小さな小さな町だ。しばらく走り、山のふもとで一軒の民家に寄る。この御宅の奥さんは、昔彼の授業の助手をしていたことがあるらしく、その時からのつきあいらしい。奥さんは家に招き入れてくれて温かく俺をもてなしてくれた。良い家族です。本当にスリランカ人は親切な人が多い。 ガンポラの山の頂上付近まで車で登る。犬の散歩に行っている間、俺は絶景と名高いその更に上まで登り、そびえ建つ塔のてっぺんまで行ってみることに。これが恐ろしく怖い。まず見た目がひどく頼りない。塔内部は工事中で足場悪いし、外に出ると強風に煽られおっこちそうになる。上の方なんて外壁は低いうえに体通すのがやっとのくらい細くなっている。本当にポッキリといっちまいそうだ。高所恐怖症の人は150%無理だなこれは。 しかしガンポラの街や連なる山々を見渡すことができてこれは本当に素晴らしい。絶景を謳うだけのことはある。 ↑落ちたら最後だ。 その後奥さんの家に戻り、またお邪魔することに。歌を歌ったりケーキ食べたりビール飲んだりと、かなり充実した時間を過ごすことが出来た。一般家庭の中に入れてもらいこんなふうに触れ合えるってなかなかできないだろうな。ピーター中岡氏恐るべしだぜ。 仏歯寺 雨がよく降る。山の天気は変わりやすいというが、今日も昼から夕方にかけて薄い雨が降っていた。それがちょうど止んだ頃に、キャンディ湖畔を歩きつつ仏歯寺に向かう。 結局奥さんの御宅には夕方まで居座ってしまった。色々な写真を見せてもらったが、多くの意味で豊かな暮らしが出来ているということだけは何となくわかった。赤ちゃんのキョトンとした顔が印象的だ。 その名の如くブッダの歯が奉られていることで有名な、格式の高いスリランカが誇る寺である。といってもその実際見られるのは、歯がおさめられている豪華な装飾が施された七重にもなった小箱だけ。なんだそれだけかい、と思うかもしれないが、ここに暮らす彼らにとってはそれが祈りの対象で、また神聖なものなのだ。お堂の前では沢山の人々が熱心にお参りを続けている。 俺は少し離れたところに座り、その敬虔な風景を時を忘れて眺めていた。 よく雨が降る。足の無い物乞いのおっさんの横で雨宿りをする。俺は何だかこういう状況に慣れてきているなぁ、と思う。別に自分が旅猛者だと思っているわけでは全くないけど、やっぱりエジプトの頃だったら、こういう場合雨に濡れながら歩く方を選んでしまっていると思う。これを良しととるか悪しととるか。 GTO in SriLanka9日 今日も俺は中岡氏と車で走っている。1時間近くも走り続け、どんどん車は山の中に入っていく。キャンディなどとは違いまったく舗装もされていない道、朽ちたままの建物、優先順位は車より牛。しかし人々の笑顔は生き生きとしている。普通だったら絶対来れないようなところに向かいそして授業なんぞをしようとしている。イレギュラーに乾杯ですよね。 校長先生の意向で、授業の後に有志の生徒のみで日本語の授業を開講するという形で教えているらしい。といってもたくさんの生徒が参加していて、彼らの熱心さには舌を巻く。20人以上いたが、今日はテスト週間なのでこれでも少なくて、いつもは教室に入りきらない位いるらしい。凄いな。 中岡氏は全部俺にまかせる形にしてくれた。俺はトリッキーな計算結果の出る算数の授業をしたうえで、最後に日本語の歌を教えたいなあとずっと思っていて、その歌詞の説明と、歌の練習を中心に授業を組み立てた。やっぱりせっかく歌うなら、意味もわからず文字記号を追うより、歌詞の意味も知っていて心に留めながら歌ってほしい。生徒たちは本当にもの覚えがよくて、何度か歌うと皆一人でも歌えるレベルになっている。たいしたものだ。 「君らには将来叶えたい夢がありますか?えーと、アナタハモッテイマスカ?ドリーム」 「ハイ、アリマス!」 「夢を追ってても、同時に家族や友達のことは絶対忘れちゃいけないよ」 などと、軽く自己満なかっこいいせリフを吐いてしまった。でも真剣に聞いてくれた。 帰りに中岡のオッサンに、 「今大学生でしたっけ? 教師とかいいんじゃないですか?」 と言われ苦笑いしてしまった。俺は来春から民間の企業に就職するけど、まがりなりにも教育の勉強をしたり教育実習に行ったりした成果が少しはあったのかもしれないな。だとすれば、遠いスリランカの地におけるこの瞬間のためだけでも、行っていた勉強は無駄ではなかったのかもしれない。 いやぁ、素敵だったなぁ。 |