津波被害の傷痕14日

昼、ゴール(街の名前です)に向けて、インターシティバスというミニバスのような車に乗る。荷物が大きいので二人分の料金をとられそうになったが、そばにいた同世代の男の子が車掌を説得してくれて一人分で済んだ。

南西海岸の海沿いを走る。南西海岸は、スマトラ沖地震の被害を食らった地域である。半年経ってだいぶ復興してきたとはいえ、その傷痕はいたるところに存在している。家屋は破壊され木々はなぎ倒され、所々に石やレンガの残骸が山積みになっている。途中墓地の脇を通ったのだが、供えられている花の多さには切なくさせられた。しかし人々は皆笑顔だ。復興に向けて毎日を生き生きと過ごしているのだろう。本当はその裏に悲しみを抱えているだろうことは想像……でしかないが、心を打たれる。



城塞都市ゴール

海に突き出る形で存在する城塞都市ゴール、その城壁に囲まれた旧市街はさすがに趣がある。この城壁は過酷な植民地時代の遺産であるが、これのおかげで先の津波被害は最小限に食い止めることができたらしいと聞く。皮肉なものである。

当初まったく来る予定のなかった街であるが、こうして歩いていると必然であったかのような錯覚すら覚える。風が気持ち良いな。気持ちが良いといえば、ここスリランカを旅していて思うのだが、観光客目当てに何かをふっかけてくる奴らの引き際も気持ちいい。トゥクトゥクでも、

「タクシー??」
と聞いてくる奴らも、
「いや、歩くからいいんだ」
そう言うと、
「そうかそうか!がんばれよ!」
と、商売せいよ、と思うような返事をしてくる奴がとても多い。

今日も宝石屋につかまって、
「金はあるんだろ?日本人。女はいるか?プレゼントする気はないか」
などと言ってくる。
「えー、いいよ。奥さんにでもプレゼントしてあげてくれ」
笑いながらそう返すと途端にクシャクシャの笑顔になって大笑いして引いていく。スリランカは旅人にとって旅のしやすい国だよ、皆さん。

↑狭い街ではありますが。



ルワンとキンダカ

ひときわ高い高台の上に数人がたむろしていたので、声をかけてみる。そのうちの二人は年が同じで、かなり話が盛り上がった。二人の名はルワンとキンダカ。俺はとてもうれしくなったが、おもむろに彼らは、
「ここから下の海にダイブするから、そしたらおまえはその写真を撮って、それでオレらに100ルピーくれよ!」
何だ結局商売としてなのか……とガックリきたオレは、
「オレは金とかそういうものなしで友達になりたかったんだけどなぁ……」
と言うと、二人は少し気まずそうな顔をしてしまった。でも俺としても、せっかく年が同じで話も盛り上がっているのに、金によってつながってしまうのだけは避けたいと思ったんだ。この手の話は、正直なところ欺瞞かもしれず、旅人にとってよくつきまとう話ではあるのだが。

しかし、その場にいた一人のオッサンが何度か頷き、オレとひとしきり会話したあとに、

「彼が飛び込むのを写真撮ってやってくれ。ただし、金はオレが払うよ」

この言葉には、俺のみならず、ルワンとキンダカも驚いたようだ。そしてその瞬間俺は自己嫌悪に陥った。彼らはきっと少ない所得生活でやりくりをしているのに、そして日本人である俺にとって100ルピーなんて本当にたいした額ではないというのに、彼は俺と彼らのために一肌脱いでくれたのだ。

なんて熱い男だろうか。オレたちはこのオッサンの懐の深さにしてやられたのだ。オレたちは互いに顔を合わせ、少し照れ笑いをした。
互いの壁が本当の意味で溶けた瞬間だった。

ふたりが海にダイブして、俺が喝采し、オッサンがしっかり金を払う。しばらくして、熱いオッサンが帰っていったとき、ルワンが、
「おまえ、ビール好きか?」
と聞いてくる。
「もちろん」
「じゃ、バーに飲みに行こう!」
となり、キンダカのチャリに三人乗りをして向かう。最高だ。



逮捕そして連行

もうたかられても俺が払おう、そう決めていたが2人はしっかり自分の分を払った。少し感動した。そして3人で海を眺めながら酒盛りをする。最高に楽しい。

しばらくそうしていると、一台の車が俺たちの横に停まる。途端、2人は緊張した面持ちに。何だ……?こいつら。するとキンダカが、小声で俺だけに聞こえるように、
「ポリスだ。逃げた方がいい」
と囁く。しかし彼らは早かった。オレたちを囲むと、酒やつまみを取り上げ、
「車に乗れ」
おいおいおい、俺が何したって言うんだ。酔った頭をフル稼働させて考える。

「イヤだ、乗りたくない。オレが何をしたっていうんだ??」
と聞いても答えてくれない。
ここは禁酒国だったか?いや、ならバーなんて堂々と営業してないだろ。海で飲んだらいけないとか?そんなのあるのかな。まさか、ポロンナルワで吸ってたやつがバレた!?いや、そんなはずはないだろ……。

ルワンとキンダカが警察たちを説得してくれているようだ。基本シンハラ語なのでわからないが、「ツーリスト」という単語が聞こえたので、「彼はツーリストだから見逃してやってくれ」とでも言っていてくれているのだろうか。
結局オレを残して嵐のようにルワンとキンダカを乗せて警察車は去って行ってしまった。野次馬も引き、残されたオレは一体何が起こったのかわからないまま宿に帰った。

↑訳がわからずトボトボ帰る。



日本人だよ!15日

朝ノロノロ起きてメシを食ったら、泊まっている宿のロビーにある長椅子で昼まで大爆睡。ポカポカしていて気持ちいいんですもの。その後城壁の上でボーっと海を見ながら座っていると、向こうの方から日本人テイスト溢れる男が歩いてくるのが見える。

キャンディの中岡さんはもう10年以上スリランカに住んでいるから別として、日本人の旅人に会ったのはなんとこれが初めて。彼の名はしょうご。年は同じで、彼は仕事をいったん辞めてずっとインドにいたらしいが、今回気が向いてスリランカを訪れたというのだ。彼もはじめて日本人に会ったらしく、お互いにテンションが上がる。



考えてしまう

いったん彼と別れまたボーッとしていると、物乞いらしき親父が現れる。
「日本人か。そうか。あのな、日本人、俺はな、頭がいかれているんだ。狂っているんだ」
「そんなふうには見えないよ」
「津波で俺の家族は全員死んだ。唯一生き残った娘も全身を骨折してしまって、俺は娘にミルクを飲ませる金もない。だから俺は狂ってしまったんだ」
「……。」
そして彼は俺の目の前で大号泣をしだした。さすがに参ったと思った。本当に苦しくなった。「なんだ、津波被害からみんな立ち直ってがんばっているじゃん」と、楽観的に見ていた己を心底呪った。そんなはずないじゃないか、あれだけの大災害だったのだ。苦しんでいる者は当たり前のようにいるところにはいるのだ。

「頼む、日本人。日本人はいい奴だ。金をくれとは言わない。娘のためにミルク一袋を買ってくれないか」
迷ったが、俺は金を出すことに決め、
「ミルクはいくら?」
と聞いた。すると、

「3000ルピー」

 ・・・は?

いや。・・・いや!ありえない。そんなバカ高いはずがない!途端になんだか萎えてしまった。彼はふっかけてきたのだ。話が事実かどうかを調べる手立ては無い。涙を疑いたくないので本当なのかもしれない。しかし、しかしそれでふっかけてきたことは「違う」と思った。しかもスリランカの物価に照らすとそれは破格の値段なのだ。
「ゴメン、やっぱり・・・」
と言うと、
「何?それじゃ2000。・・・わかった、1500。・・・それなら1000でいい。しょうがない、800だ」
と、どんどん値段が下がっていく。オレはすっかりその気はなくなっていた。

結局あげなかった。親父は恨めしそうな顔で去っていった。これは、オレの完全なるエゴなのだろうか。金を恵むべきなのだろうか。いまだに考えることがあるが、よくわからない。

↑よくわからないです。



奴らの行方

午後、どうしても俺はルワンとキンダカがどうなったか知りたかったので、昨日彼らと出会った高台に行ってみることにする。するとそこには同じように飛び込んで金をもらう、という商売をしている2人組がいた。
聞いてみると、
「あぁ、そうか!おまえが昨日もう1人いたっていう日本人か! 災難だったな!」
と笑顔で答える。彼らはもともと4人組だったのだ。
「彼らは何で連れて行かれたんだい?」
「あぁ、レイプだよ、最低だよなあいつら」
え……。

なにぃぃぃぃぃぃ!!レイプだと!

俺はレイプ犯と完全意気投合して酒を飲み交わしていたというのか! 3ヶ月の禁固刑と言っていたので、この旅行記を書いている今頃もまだ刑務所の中にいることだろう。なんだか自分が情けなくなる。しかしだね、彼ら2人は罪を犯したとはいえ、でも本当にナイスガイないい奴らだったことは間違いない……んだが、う〜ん。

夜は、◯◯吸いながらしょうごと旅の話で盛り上がる。お互い久しぶりに会った日本人なので、2人とも多弁になっていたかもしれない。

そうか、気がつけば今日はスリランカ最後の夜なんだな。明日で終わるんだな。